開き直って
スピーカーの個性(=癖)を愛せるか
“そのシステムでなければ絶対に出せない個性的な音をもった存在にこそ価値がある、と思うようになった。それが『癖』の塊であってもいい。”
例えば、エレクトロボイスのセントリーⅢ。ブラインド聴いても瞬時に、あっ! とわかる個性の塊。
イコライザーを弄って似たような音を作る? それは不可能だ。水彩絵の具で油絵が描けないように。どうしても、いつか使ってみたい残された憧れ。
タンノイ、カンタベリー15は親友宅で何度も、数えきれない回数聴いてきた。その度に、ガラガラ音が変わっていた。
使い手のアプローチの変化に鋭敏に反応して天国から地獄まで開陳して見せるところが恐ろしい。故・井上卓也先生が激奨していただけあって、クラシカルな風貌からは推測し得ないオーディオ的奥の深さが見事。存在の唯一感、という意味ではまたかけがえのない存在。
ユニットの構造、磁気回路の素材など強烈な個性(癖)を発散する素地を隠しもっており挑戦しがいのある高峰だ。
4343は、強烈な個性(癖)をもった難物。高域の二つのユニットが強力すぎるし、コンプレッション・ドライバー+ショートホーン+音響レンズ、という癖の塊と化す要素がたっぷり。
アルニコタイプはさらに、独特のアルニコ臭を発散するので、それが好きだという方にはかけがのない存在になりうる。タンノイのアルコマックスについても同じことが言えるだろう。初期型の4343とカンタベリー15の響きに共通点がある、などといっても信じてもらえないだろう。が、その微かな共通点が古楽器に独特の艶を載せたり、緊張感のある高い精神性を際立てたりしてくるのだ。
アルニコ臭のあるメタリックでギラつく高域は我が家ではSPLとelysiaでバランスを整えることに成功している。調整のピントが合うとシルキーで柔らかな光沢感のある高域と引き締まって弾力がありよくのびた低域が得られる。未調整ではスキニーで筋張った上半身、お尻ばかりやけに大きくて足もむくんだ様に太い、というアンバランスなスタイルになりかねない。
カンタベリー15を長年に渡り味わい尽くした親友が、現在もJBL2405を愛用している事実からも、両者には聴き手の心に深く入り込んでくる共通点があるように思えてならない。
存在の唯一性といえば……
ALTEC#9845モニター、そしてMAGNEPANも他のシステムでは得られない独自の世界を展開してくるので貴重。
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