フェザータッチの響き

 音像というイリュージョン


 フワッと漂う響きだがアタック音の芯までふやけてしまう訳ではない。カチッとした核と、鋭く立ち上がる炸裂感は明確だ。しかし、音像といった輪郭を感じさせる存在は皆無だ。あくまでも、本物っぽさ、生っぽさという聴き手を騙す幻聴の世界に引き込む力が強い、ということだ。

 わたしにとっては兄貴のような存在である町田さんのサイトが、なぜ『幻聴日記』だったのか、なぜ『究極のリアル?』なのか、はたと気づいた。遅すぎるよTさん、と兄貴に笑われそうだ。町田さんの部屋で聴いたモノラルのアナログディスク、あれこそ『究極の幻聴』だったのではないか。現実を超える生々しさ──リアルを超える幻聴……    それは、もちろん聴き手の人生観やら、過去のあれこれの体験によって大きく変化する世界ではあるだろう。が、あの『幻聴』感は凄かった。

 今の自分とってはこの質量感のないサラサラの響きが『究極のリアル?』なのかもしれない。



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