My Audio Life/暇と退屈(1)

オーディオしてる場合じゃない?

 連日、テレビは戦争へのプロパガンダを報じていてうんざりだ。実際に、ミサイルが飛び交うような戦争は起きないだろうが、食糧危機が起こり、インフレが進み光熱費が暴騰し……

 電気代がもし5倍になったら? 10倍だったら? もちろん何も起きなければそれに越したことはないのだけれど、膨大な予告・警報が出されているので無視はできない。

 今自分にできる範囲で収入を増やし、支出を減らし安全資産へ逃避させる。嗜好品、日々の食材で贅沢はしない。オーディオも向こう3年は凍結だ、などと思ってみたり……

 制約が増え、自由も削られると『暇と退屈』が問題になる。さて、面白い本があった。


 これ、一気に読めてしまった。著者も一気読みされることを目指して書いたとことわっているので目論見は成功したようだ。本書から拾い読みしてみよう。

 あまりにも有名なフランスの思想家パスカルは、16歳にして『円錐曲線試論』を発表した早熟の天才数学者。彼曰く:(原文を編集)

───人間の不幸は、人が部屋にじっとしていられないことから始まる。部屋でじっとしていればいいのに、そうできない。部屋に一人でいるとやることがなくてソワソワする。それに我慢ができなくなって退屈する。これをみじめ(ミゼール)な状態、と言っている。

 退屈に耐えられず気晴らしを求める。そして、自分が追い求めるものの中に本当の幸福があると錯覚している。

 人は、退屈から目を逸らしたいのだ。気晴らしが欲しいのだ。ウサギが欲しいからウサギ狩にいくのではない。

 気晴らしは【自分をだます、熱中できること】でなければならないだろう。ならば、どうしたら熱中できるのか?

 ニーチェは、【苦しみが欲しい、苦しみから自分の行為の理由を引き出したい、自分を行動に駆り立ててくれる動機がないことはもっと苦しい。】と。

 幸福論で有名なラッセルによれば【熱意を持って取り組むことができるものがあれば幸福になれる】そうなのだが……

 しかし、その熱意こそが問題だ。

 で、話は飛んで『わたしは私、みんなと同じはいや、これがわたしのやり方』への執着がロマン主義、だそう。他人と違うことが重要。

 スヴェンセンの書いた『退屈の小さな哲学』によれば、我々はロマン主義という病に冒されて、ありもしない生の意味や生の充実を必死に探し求めており、そのために深い退屈に襲われているらしい。だから、ロマン主義を捨て去ることが退屈から逃れる唯一の方法なのだとか。

【 続く 】




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